ラオグジャブ・ムンフバット
たきざわのひと takizawanohito
File 015
(株)モンゴル未来
ラオグジャブ・ムンフバット
File 015
(株)モンゴル未来
代表
ラオグジャブ・ムンフバット
令和3年度商工会青年部副部長
公開日:

はじめに

会社概要

名称 (株)モンゴル未来
住所 岩手県滝沢市砂込911-5
電話番号 019-618-0300
資本金 600万円
設立 平成13年7月

INTERVIEW

モンゴルではどのような子供時代を過ごされたのでしょうか?

僕のルーツはじいちゃんばあちゃんの家にあって、二人は羊、ラクダ、ヤギをたくさん飼っている遊牧民でね。朝から晩まで、じいちゃんは馬に乗って羊の面倒を見ていた。僕も小さい頃からその馬の後ろに乗って、じいちゃんの手伝いをしながら育ったんだよ。
あの頃の遊びは、今考えると冷や汗が出るくらいワイルドだったなあ(笑)。近所のロシア軍基地の跡地に忍び込んで、捨ててあった鉄砲を仲間と撃ち合って遊んだりしてね。「危ないよ!」って今なら思うけど、当時はそれが日常だった。
中学校の時は、なんだか「用心棒」みたいになっていた(笑)。いい服を着ている友達がカツアゲされそうになると、黙って見ていられなくてね。「その服を返さないなら、俺と勝負しますか?」って真正面から決闘を申し込んでいた。一対一なら負ける気がしなかったし、実際負けなかったね。あ、でも一度だけ10対1で囲まれた時は、さすがにボコボコにされたけど(笑)
そんな負けん気の強さで相撲に打ち込んで、高校1年生の時にはウランバートルで一番になったんだ。ただの力自慢だけで終わりたくなかったから、ある日『メイド・イン・ジャパン』っていう本を読んで、「日本ってすごい国だな、ここで学びたい!」って、10代の時心に決めたんだよね。

滝沢で牧場を始めることになった経緯を教えてください。

大学に入ったけど、最初は日本語が全く分からなくて授業はチンプンカンプン。でも学費を払わなきゃいけないから、アルバイトを3つ掛け持ちして必死に働いたよ。勉強してるんだかバイトしてるんだか分かんないくらい(笑)。
卒業してからは、滝沢の「お山の湯」の隣にゲルを建てて、「さあ日本で勝負するぞ!」って夢いっぱいでゲルを建てたのに、まさか温泉が出なくなるなんて思わないじゃない。水も出ない、お湯も出ない。宿泊施設として、これ以上の致命傷はないよね。あの時は本当に、目の前が真っ暗になった。「ああ、終わったな」って。借金だってあるし、言葉も完璧じゃない。何より、僕を信じて応援してくれた人たちに合わせる顔がない。正直、モンゴルに逃げ帰ろうかって何度も頭をよぎった。その時、最後のお客さんとして泊まってくれたのが、商工会青年部の関さんたちだったんだよね。みんなで僕の作った羊料理を食べて、「ムンさん、これめちゃくちゃ旨いよ!滝沢で羊育ててみなよ!」って。その1週間後、本当に関さんのお父さんが羊を8頭、トラックに積んで持ってきてくれたのは「えぇー!心の準備ができてないよ!」って叫んだのを今でも覚えてる(笑)。そこから「やるしかない」ってスイッチが入って、北海道の一千頭規模の牧場に修行に行って、「なんでもやらせてください!仕事ください!」って泥まみれになって羊の修行したね。あの挫折がなかったら、今の「ムンフバットひつじ牧場」は存在していない。壁にぶつかって、一度全部失ったからこそ、本当に大切なものが見えたんだよね。

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ムンフバット「ひつじ牧場」という名前に込めた想いを教えてください

「ムンフ」は「末永く」、「バット」は「丈夫な」っていう意味。名前の通り、長く丈夫に続く牧場にしたいと思ってる。僕はね、売り上げをガツガツ伸ばしたいとはあんまり思わないんだ。それよりも「価値観(バリュー)」と「自分のあり方」をずっと大切にしている。流行らせる必要なんてないし、大ヒットしなくてもいい。それよりも、僕が育てた羊に「ムンフバットさんの羊だから価値がある」って思ってくれる人がいて、その信頼がずっと続いていくこと。それが一番の成功だと思ってる。なんでも「ちょうどいいサイズ」があって、自分の目が届く範囲で、一頭一頭を大切にする。変に大きくして自分を見失うより、自分に自信を持って、納得できる価値を届ける。そうすれば、お金は後から勝手についてくるもんだと思ってる。

様々な困難があるかと思いますが、精神面で心がけていることはありますか?

「一生懸命やってれば、なんとかなるでしょう!」って口癖みたいに言ってるけど、もちろん人は誰でも、「これ、どうしよう…」って落ち込む日もあると思う。生き物相手の仕事だから、うまくいかないことの連続だしね。でもね、壁にぶつかった時の僕なりの工夫があって、「夜は絶対に悩まないこと」。
夜って、考えれば考えるほど悪い方に行っちゃうでしょ?だから夜は「食って寝る!」。それだけ。脳みその中に「あれやらなきゃ、これどうしよう」って声がうるさく響くけど、それを無理やり消して、2日間くらい完全に休む。体が追いつかないまま動いても、効率が悪いだけだからね。しっかり休むと、仕事の効率は2倍になる。これ、本当。それと、「一人で抱え込まない」こと。僕がここまで来られたのは、本当にいろんな人に生かされてるから、壁にぶつかった時こそ、いろんな人に相談する。羊の専門家だけじゃなくて、馬をやってる人とか、全然違う商売をしてる青年部の仲間とか。いろんな人の話を聞くと、自分じゃ思いつかない解決策がどんどん見つかるからね。大事なのは、「過去と未来に振り回されない」。「あの時ああすれば良かった」とか「将来どうなっちゃうんだろう」とか、過ぎたことや来てないことを考えて不安になって辛くなるだけだからね。大事なのは「今」。今ある人脈、今の時間、今できることを大切にする。そうすれば、今日が勝手に明日に繋がっていく。過去のまま現状維持したいからそのままでいて決断しなかったら空回りしてたし。あれも失いたくないしとか。現状を現状のまま受け取って、あーって、思われてたらどうしようとか思うけど、人って思ってる以上に見られていないって最近思っていて、人の目を気にするでしょ、それ気にすると自分を失っちゃうかもと思うと誤解が生まれて人間関係うまくいかないこととかあるからね、自分に自信をもっていかないと。

青年部主張発表大会について聞かせてください

最初は、滝沢市商工会青年部の中で予選会があって、そこで勝ち残って代表に選ばれた。でも正直、選ばれた時は「なんで今なんだろう」って思っていた。ちょうど子どもが生まれたばかりだったし、事業だってこれからどんどん忙しくなっていく時期だった。「これをやって何になるんだろう」「やっても無駄なんじゃないか」っていう気持ちもあった。だから、最初は嫌だった。ただ、せっかくみんなに選んでもらったんだったら、中途半端にはやりたくない。やるからには、みんなの期待に応えたいと思って、そこからは全力で取り組んだ。そうやって一つひとつ勝ち進んで、東北大会でも結果を残すことができて、最後は全国大会で準優勝することができた。最初は「やっても無駄だ」と思っていたことが、まさか全国大会の準優勝までつながるなんて、自分でも想像していなかった。しかも、それだけじゃなかった。うちでは、もともと大きな広告を出したり、派手な宣伝をしたりしているわけではなかった。でも、全国大会で準優勝したことをきっかけに、テレビ朝日の『報道ステーション』や読売新聞から取材を受けることになった。結果的に、それがものすごく大きな宣伝になり、全国から「ムンさんのお肉を食べてみたい!」という声をたくさんいただくようになって、自分たちだけでは絶対にできなかったような広がりが生まれまた。だから僕は、あの経験から考え方が変わった。一見すると、自分の仕事には直接関係がないように見えることでも、やると決めたら全力でやる。最初から「これは意味がない」「自分には関係ない」と決めつけない。何がどこにつながるかなんて、その時には分からない。あの時、「やっても無駄だ」と思っていたことに全力で向き合ったからこそ、全国大会の準優勝があって、そこから思いもしなかった仕事や人とのつながりが生まれた。それ以来、たとえ今の自分や事業に直接つながらないようなことでも、任されたことには全力で向き合えるようになった。僕にとって、あの主張発表は、結果以上に「何事にも全力で取り組む」という姿勢を教えてくれた、大きな経験だった。

今の青年部現役メンバーに伝えたいことはありますか?

今の僕があるのは、間違いなくこの滝沢市商工会青年部のおかげ。あの時、関さんたちが声をかけてくれなかったら、今の自分はここにいなかったと断言できる。だからこそ、今のメンバーにはこの場所で存分に活躍してほしいと心から願っている。青年部という場所は、自分や会社にとって「直接的な得があるか」と聞かれたら、正直そうではない場面も多いかもしれない。貴重な時間を割くことになるし、単なるメリット・デメリットの損得勘定だけで考えれば、「損をしている」と感じる人もいると思う。でも、僕はそれでいいと思っていて、むしろ、お互いに意見を戦わせ、時に揉めたりぶつかったりすることこそが、青年部のあるべき姿だと感じている。異なる業種の事業主が集まる唯一無二の場所だからこそ、お互いを尊重し、相談し合い、協力して物事を進めていく過程にこそ価値がある。家族にさえ相談できないような経営の悩みや不安を、この滝沢の仲間にはさらけ出してほしい。この場所で育まれる絆は、必ず皆さんの人生の財産になる。

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